コロナ禍にいち彫刻家として思うこと

April 30, 2020

 

 

 

 

新型コロナウイルス蔓延の終息が見えぬままゴールデンウイーク突入で、さらなる”STAY HOME”の徹底が叫ばれております。

 

全国的な自粛要請の中、東京都も「基本的に休止を要請する施設」と「社会生活を維持するうえで必要な施設」とを具体的に提示しています。

これをウチの工房に当てはめますと、工場等(工場・作業場)については「適切な感染防止対策の協力を要請」との備考のうえで「社会生活を維持するうえで必要な施設」に該当し、いっぽう毎週土曜日に開講しております木彫教室については大学・学習塾等(絵画教室)に該当するため「基本的に休止を要請する施設」となります。

そのため、普段の工房は通常通り営業し、木彫教室は3月7日(土)以降、休講としております。

 

この基本的なガイドラインの上で、今、いち彫刻家として思うことを少し記したいと思います。

 

ウチの工房には現在日によって4名〜8名のスタッフが出勤しております。

彫刻はその性質ゆえ人手が必要な作業も多く、また現在抱えている仕事をある程度予定に添って進めるためには、出来る限り工房を開けたい思いがあります。

その一方で、ここまで新型コロナウイルスが拡大してしまうと、モラルとしても営業を続けて良いものかどうか、その判断にほんとうに悩みます。

スタッフ達も仕事をしなければ、生活費や自身の作家活動費の心配もあるでしょう。切実なことです。

 

もしも現在、自分の展覧会用の作品を創るだけの日々でしたら、展覧会自体が続々と中止または延期になっていることもあり、スタッフ達への出来る限りの生活保障をした上で工房を閉鎖しているかもしれません。自分一人でしたら、感染リスクも少なく制作できます。

 

しかしながら、現在ウチの工房では2014年に讃岐國分寺さまより大日如来坐像造立のご依頼を受け、その後今日まで日々その制作に取り組んでおります。

1200年前に空海が定義した意匠を全て備える大日如来坐像の完全版は、当時、京都の東寺にあったそうですが、1486年の一揆で焼失し、その後現在まで現存する完全版は一体もありません。

それを500数十年ぶりに蘇らせようという、壮大なプロジェクトです。

かれこれ6年越しの大仕事になりますが、いよいよ来年の完成予定を目指し制作も佳境に入っているところです。

 

そこで、まさかの新型コロナウイルスです。

 

完成を一日でも急ぎたいお施主さまであるご住職からも「プロジェクト関係者が一同に集まるのは避けたい」「工房閉鎖もやむを得ない」とのご心配やご配慮を頂いております。

 

しかしながら、歴史的に振り返りますと、我が国に疫病が流行るたびに、それを鎮めるために数々の仏像が造立されてきました。皆さんご存じの奈良の大仏さまもその一つです。(正しくは毘盧遮那仏といい密教においては大日如来と同じとされます。)

 

今回の大日如来坐像制作プロジェクトが発足した時、まさか6年後の日本がこんなことになろうとはもちろん夢にも思いませんでした。

けれど、制作も終盤を迎えた今、この令和の疫病蔓延と出くわしてしまったのは、これもなにかの因縁かもしれません。

もちろん疫病を仏像でほんとうに封じ込められるだなんて非科学的なことを、真顔で信じているわけではありません。

しかしながら、来年、もしかしたら数年後、いつかこの新型コロナウイルスが終息したとしても、世の中に多くの問題や不安や傷痕が山積みになることは明白です。

そんなとき、少しでも心の拠り所になるのが信仰なのかもしれません。

 

そう考えると、医療従事者や、日本の大動脈を担う物流の方達がこんな混乱の中でも仕事の手を止められないのと同じように、自分も大日如来坐像制作の手は決して止めてはいけないのだろうと思うようになりました。

言うまでもなく最前線で闘う人達の比ではないことは重々承知していますし、そんなことを思うこと自体おこがましいという気持ちとの葛藤もありますが、日本初の緊急事態宣言下の東京で制作し続けていた大日如来坐像という事実だけは確かなことですし、これを使命と考えてもいいのかなという気持ちになったのです。

 

なによりこのプロジェクトは、何万人という数え切れない参拝者の方々からの寄進によって支えられております。

そのお気持ちには絶対にお応えしなければなりません。

 

その上で、当然のことながら出来うる限りの感染予防策はとっております。

玄関にアルコール消毒液を常備、うがい、手洗い、マスク着用、そして窓開けおよび24時間換気を徹底しています。

食事のときはマスクができませんから、せめてもテーブルを3つに分けるようにしています。

スタッフの出勤についても決して強制ではなく、各自の通勤状況、健康状態、そしてそれらを踏まえたうえで各々の考え方を尊重し、あくまで自己判断としております。これは東日本大震災の時に培った自分のガイドラインです。

 

とはいえこれは長期戦です。

あまりに何もかも生真面目に生真面目に目を三角にしていては心が滅入ってしまいますし、なによりそんな心では拝観する方の心をほぐすような仏さまは創れないでしょう。ですから出来うる限りの予防策はとったうえで、なるべく気持ちだけは普段通りに遊び心も忘れず、明るく毎日を過ごしたいと思っています。

 

こんな世情の中、工房を開け続け、さらには若いスタッフ達を勤務させていること、お叱りの声も多々あろうかと思います。

このような考えのうえでの判断であること、どうかご理解頂けますと幸いです。

 

もちろん、日々刻々と変化する状況を見つつ、この先も柔軟な対応をしてゆくことはいうまでもありません。

 

一日も早く、穏やかな日々が戻りますように。

 

 

2020年4月30日

 

 

彫刻家 大森暁生

 

 


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